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「疾患横断的エビデンスに基づく健康寿命延伸のための提言」を読んで その2

[2021.06.04]

前回からの続きです。

まずこの提言の全体をざっとみてみましょう。

1
喫煙・受動喫煙
● たばこは吸わない。
● 他人のたばこの煙を避ける。
【国民一人一人の目標】
たばこを吸っている人は禁煙する。また、他人のたばこの煙を避ける。

2

飲酒
● 節酒する。飲むなら節度のある飲酒を心がける。
● 飲まない人や飲めない人にお酒を強要しない。
【国民一人一人の目標】
飲む場合は、1 日あたりの飲酒量をアルコール量に換算して、男性は約 23g 程度(日本酒な ら 1 合程度)、女性はその半分に抑える。休肝日を作る。寝酒は避ける。飲まない人や飲め ない人にお酒を強要しない。

3
食事
年齢に応じて、多すぎない、少なすぎない、偏りすぎないバランスの良い食事を心がける。具体的には、
● 食塩の摂取は最小限* 1 に。
● 野菜、果物の摂取は適切に、食物繊維は多く摂取する。
● 大豆製品を多く摂取する。
● 魚を多く摂取する。
● 赤肉* 2・加工肉などの多量摂取を控える。
● 甘味飲料* 3 は控えめに。
● 年齢に応じて脂質や乳製品、たんぱく質摂取を工夫する。
● 多様な食品の摂取を心がける。
*1
( 男性 7.5g/ 日未満、女性 6.5g/ 日未満(厚生労働省:日本人の食事摂取基準)
*2
( 赤肉:牛・豚・羊の肉(鶏肉は含まない)
*3
( 砂糖や人工甘味料が添加された飲料)
【国民一人一人の目標】
年齢に応じて、多すぎない、少なすぎない、偏りすぎないバランスの良い食事を心がける。 具体的には、食塩の摂取は最小限に、野菜・果物は適切に、食物繊維は多く摂取する。また、 大豆製品や魚を多く摂取し、赤肉・加工肉などの多量摂取を控え、甘味飲料の摂取は控える。 年齢に応じて脂質や乳製品、たんぱく質摂取を工夫する。多様な食品の摂取を心がける。


4
体格
● やせすぎない、太りすぎない。
● ライフステージに応じた適正体重を維持する。
【国民一人一人の目標】
ライフステージに応じて、体格をその時々の適正な範囲で維持する。



身体活動
● 日頃から活発な身体活動を心がける。
【国民一人一人の目標】
日頃から活発な身体活動を心がけ、現状より 1 日 10 分でも多く体を動かすことから始める。 具体的な身体活動量の目安は、歩行またはそれと同等以上の強度の身体活動を 1 日 6 0 分行い、 その中に、息がはずみ汗をかく程度の運動が 1 週間に 60 分程度含まれるとなおよい。また、 高齢者では、強度を問わず、身体活動を毎日 40 分行う。


6
心理社会的要因
● 心理社会的ストレスを回避する。
● 社会関係を保つ。
● 睡眠時間を確保し睡眠の質を向上させる。
【国民一人一人の目標】
心理社会的ストレスをできる限り回避する。孤独を避け、社会関係を保つ。質の良い睡眠 をしっかりとる。


7 感染症
● 肝炎ウイルスやピロリ菌の感染検査を受ける。
● インフルエンザ、肺炎球菌を予防する。
【国民一人一人の目標】
肝炎ウイルスやピロリ菌の感染検査を受け、感染している場合には適切な医療を受ける。 特に高齢者では、インフルエンザ、肺炎球菌のワクチン接種を受ける。


8
健診・検診の 受診と口腔ケア
● 定期的に健診を・適切に検診を受診する。
口腔内を健康に保つ。
【国民一人一人の目標】
定期的に健診を受ける。科学的根拠に基づいたがん検診を、厚生労働省の指針* 4 で示され
た方法で受ける。口腔内を健康に保つ。
(*4 がん予防重点健康教育及びがん検診実施のための指針)


9
成育歴・育児歴
● 出産後初期はなるべく母乳を与える。
● 妊娠糖尿病、妊娠高血圧症候群、巨大児出産の経験のある人は将来の疾病に注意
する。
● 早産や低出生体重で生まれた人は将来の疾病に注意する。
【国民一人一人の目標】
出産後初期はなるべく母乳を与える。妊娠中に妊娠糖尿病や妊娠高血圧症候群にかかった 人や巨大児出産の経験のある人、早産や低出生体重で生まれた人は将来の疾病に注意する。


S
健康の社会的 決定要因
● 社会経済的状況、地域の社会的・物理的環境、幼少期の成育環境に目を向ける。
【公衆衛生目標】
個人の不健康の根本原因となっている社会的決定要因にも目を向け、社会として解決に取り組む。

 

提言の全てを細かく読まなくても良いと思いますが、箇条書きに書いてあることを見てみると多くの人が「そんなの当たり前じゃないか」と感じる内容だと思います。私もそう思いました。人間ドックや健康診断のコメントでよくみる「当たり前な」内容ですよね。

そして私は「学問に王道なし」という言葉が頭に浮かんできました。まさに「健康に王道なし」です。

何か特別なサプリメントを飲んで楽に健康にならないかな、とか、英語もこの音源を聞き流す流すだけで喋れるようにならないかなとか、私は油断するとつい手っ取り早いものを求めてしまうのですが、各方面の健康の専門家が寄り集まって出した現状の答えですから、腹立たしくもひとまず「魔法はない」という事実から目を背けるわけにはいかないようです。
一方で、お仕事やご家族のご都合で、項目によっては実践していくハードルが高すぎるということも当然あると思います。もちろんご自身がそもそも持っている体質(遺伝的体質)や社会的な状況というところも大きく影響を与えるはずです。

となると次には「実現可能性(許容範囲)」というところをキーワードにして、読んでいく必要がありそうです。個人的な感想としては「この提言を教典のように扱い、歯を食いしばって努力して目標を達成していくか」というよりも(歯科医師の立場から歯を食いしばることはおすすめできません)「これならできそうかなという項目を取捨選択して、いかに習慣に落とし込んでいくか 毎日の生活リズムに落とし込んでいくか」ということに労力を割いた方が良さそうかなと思いました。
がむしゃらに一つ一つ項目を達成していくよりは、まず自分の生活と照らし合わせて静かに作戦を立てるということです。トライアンドエラーを繰り返しながら実践の程度を決めていけばよいのだと思います。「習慣」について学習するというとこも良さそうかなとも思いました(いくつか本を読んでみたいと思います)。

では私の専門である口腔ケアのところを見てみましょう。

口腔内を健康に保つ。

・歯周病があると、糖尿病のリスクが増加します。 また口腔内を健康に保つことにより、循環器病を予防する可能性があります。
・口腔ケアに注意して、咀嚼力を維持すること により、サルコペニア(筋肉量が減ってしまって身体機能が低下してしまっている状態のことだそうです)及び軽度認知障害のリスクが低下する可能性があります。
・妊娠中に口腔内を健康に保つことにより、早産のリスクを下げる可能性があります。

 

口腔ケアについてはこのように述べられています。

上の三つの項目を解釈するときに頭の中に描いておいた方がよいイメージは

口の中には誰でも、もともと細菌がたくさんいる。

食生活、砂糖のコントロールや、歯ブラシ、歯間ブラシなどのお掃除をせず、細菌を野放しにしておくと、細菌が徒党を組んで(バイオフィルム化)病原性が強くなる。

歯を溶かしてしまったり(むし歯)、歯ぐきを腫らし出血させたり(歯肉炎や、しそうのうろう)する。

「歯が痛くて噛めない、または歯を失う」ことで噛めなくなってしまう。食事に不自由を感じ、歯を失うほどにうまく噛めなくなり食事が不自由になる。そしてその状態が長く続けば、低栄養、嚥下(飲み込む力)など口の機能全体の低下、さらには運動量の低下、全身の筋肉量の低下などへつながっていく。
また「出血する」ということは体の中とつながっているということから、細菌成分や細菌から放出されたもの、さらに炎症で体から放出されたものが血管を通じて体中にめぐり、体全体(胎児も含む)の健康に影響を及ぼす。

と、上記のイメージです。ちょっと怖くなるような話ですみません。もちろんそれぞれの方が「今の状態」からできることはあります。あくまで体とのつながりをわかりやすくして、これからの行動を変えるためのイメージです。

歯は顎の骨の中に根を張り、歯肉を貫いて口の中へ出てきています。人間の体の他の表面は皮膚(上皮や粘膜)で覆われていますが、口の中では歯が生えていることにより、そのバリアが破られている状態になっているのです。もちろんただ破れているわけではなく、体は様々な工夫をして歯と歯茎の隙間から細菌が侵入することを防いでいます。しかし、歯ぐきと歯という二つの別々のものが接する部分は、単一のものでできている部分と比べ、細菌がとっかかりを作る弱点になっています。事実、歯周病菌は歯ぐきと歯の境目である歯周ポケットから侵入を試みます。おおむね何においても「つなぎ目」は弱点になる傾向があると言えるでしょう。

余談ですが「歯のかぶせもの」と「歯」の境目はセメントなど「接着剤」の部分ですが、劣化してくるのはこの部分が一般的に一番早い(弱い)です。口の中の詰め物や、かぶせものの劣化の話はまた改めてお話しする機会もあると思います。
話を元に戻しますが、わざわざ皮膚を貫いて歯が顔を出した先、口の中は細菌天国なのです(この表現が適切かどうかわかりませんが)。
細菌に弱点をわざわざ晒してまで歯という組織を作るのは、そのメリットが非常に大きいからだと思います(主に食事において)。一方でその歯と歯ぐきを守る役目は、現在その多くが私たち自身に(治療や毎日の清掃)委ねられています(疾患によっては遺伝的な要素もあるため全てのケースに当てはまるわけではありません)

提言内にある「咀嚼力を維持する」ということはすなわち「歯を機能させる」ということです。
むし歯になったり、しそうのうろう(歯周病)になったりすることで歯の機能が失われていくと、咀嚼力も同時に落ちていきます。噛めなくなれば、食事をする機能全般が衰えていくことになります(噛む力、飲み込む力など)。すると誤嚥を起こしやすくなったり、食事が不自由になれば栄養も取れなくなり筋肉量を維持していくことも難しくなるかもしれません。筋肉を維持できなくなるとしたらそれは全身の運動(体を動かすこと)に制限が出てくる可能性もあるでしょう(サルコペニアの状態)。

このような話題は、現在ここに述べられているような状況でまさにお悩みの方は特に暗い気持ちになるかもしれません。すでに歯を失われて上下ともに総入れ歯を使っていらっしゃる方や、重度の歯周病でお悩みの方は特にそう思うかもしれません。

しかし原因を考えてみれば現状からどうしたらよいのかが見えてきます。

現在痛みを抱えていて噛めないのであれば、痛いところを中心に歯科医院で一歩一歩治療を進めていけばいいわけですし、噛むところがなくてお食事に苦労なさっているのであれば、入れ歯など噛む助けになるようなものを使い、食事をする機能全般がこれ以上弱らないように対策を打てば結果は違ってくると思います。
また重度の歯周病でお困りの方は、炎症のコントロールをしていけばよいのですから、歯科医院でブラッシングや歯間清掃の方法をきっちりと習得し、一歩一歩治療をしていけば良いのです。「機能しない状態を放っておく」「炎症の状態を放っておく」この「放っておく」状態が「続く」ことが良くないのだと思います(歯科医院は多くの皆さまにとってリラックスできる場所ではないでしょうし、そう考えれば皆さま好きで「放っている」わけではないと思います)。
歯周病の進みやすさは、特に遺伝的な要因が絡み、各人の努力だけではどうにもならないことがあります。歯周病が進むのは、単に歯を磨かない怠慢から来ていると言い切ることはできません。この点は誤解していただきたくないところです。

参考図書(全医療従事者が知っておくべき歯周病と全身のつながり 著 西田亙)

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