口腔顔面痛とは何か(現在の当院の対応についても)
顔や歯に痛みを感じる。しかし歯科医院に行くと「異常はありませんよ」と言われる。
時間が経って痛みは落ち着き、そのまま特に何もなければ安心ですが、痛みが続いているとなると困ってしまいますよね。
もしかしたらその痛みは「口腔顔面痛」と呼ばれる種類の痛みかもしれません。
今回は「口腔顔面痛」について、とてもわかりやすい一般書『口腔顔面痛がわかる本(講談社 健康ライブラリースペシャル)』を参考に、そして当院の対応についてお話しします。
痛みにはいくつかの種類があります
「痛み」と聞くと、むし歯や歯茎の腫れ、顎の痛み、あるいは転んで擦りむいたときの痛みなどを思い浮かべると思います。多くの場合は「どこかに傷がある」ことで起きます。これは自然な考え方です。
しかし実は、明らかな傷や異常がなくても痛みが生じる場合があるのです。
痛みは大きく分けて以下の3種類があります。
侵害受容性疼痛(ケガやむし歯など「傷がある」痛み)
神経障害性疼痛(神経そのものが損傷して起こる痛み)
痛覚変調性疼痛(nociplastic pain:神経系の痛みの処理が過敏になって起こる痛み)
ここでは「どこかに傷がある痛み」と「神経系の調子が変化して起こる痛み」がある、と理解していただければ十分です。
「傷がある痛み」と「神経の働きで起こる痛み」
侵害受容性疼痛は典型的なケガの痛みです。歯ブラシでガリッとやってしまった後のヒリヒリ感、熱々のたこ焼きで上あごをやけどした痛み、むし歯が進んでズキズキする痛みなどです。
神経障害性疼痛は、痛みを脳へ伝える「電線」である神経が傷ついたことで起こります。帯状疱疹の後に残る痛みや、腫瘍で神経が圧迫されて起きる痛みなどが代表例です。
痛覚変調性疼痛は、脳や神経系の「痛みを処理する仕組み」が過敏になって起こる痛みです。レントゲンやCT、MRIを撮っても原因は見つかりません。IASP(国際疼痛学会)では、この種の痛みをnociplastic painと定義しています。
脳が決める「痛み」
「No Brain, No Pain」という言葉があります。脳がなければ痛みはなく、最終的に「これは痛い」と決めているのは脳です。小さな刺激でも脳が強い痛みと判断すれば、本当に強い痛みになってしまいます。もっと言ってしまえば、皆様が想像するような切り傷や腫れなどはっきりとした傷がなくても脳が痛いとすれば「痛い」のです。
そのため「なんともないですよ」と言われても、やはり痛みがある、周囲に理解されないというつらい状況になることもあります。
なぜ起こるのか?
この痛みはストレスや不眠、過労などをきっかけに発症することがあります。決して「気のせい」ではなく、ストレスや生活習慣の影響で神経系が敏感になっている状態です。心理的なショックをきっかけに、徐々に、または急激に起こることもあります。
治療方法について
痛覚変調性疼痛に対する治療は歯ではなく、脳や神経系に働きかける治療になります。
薬物療法:低用量の抗うつ薬などの「痛み調整薬」が鎮痛目的で使われます。うつ病治療ではなく、慢性疼痛を和らげる効果を期待して用います。
認知行動療法:痛みに意識を向けすぎると脳の回路が強まり痛みが増幅します。そこで、痛みにとらわれすぎない工夫を学び、生活の質を取り戻すことを目的とします。
当院の対応
この痛みは、治療となると慢性疼痛を抑制する効果を期待して抗うつ薬などを使うこともあります。抗生物質や鎮痛薬とは違い、用量、期間、減薬する期間やタイミングなど、高度な専門性が求められるため、当院では必要に応じて口腔顔面痛の専門医療機関へ紹介する体制をとっています。
原因が痛覚変調性疼痛であることに気づかれず、長期間の根管治療を繰り返したり、果ては抜歯になってしまうケースが世の中にはあるということも残念ながら事実です。診療する側が「これは通常のむし歯や歯周病ではないかもしれない」と常に考えなければ、不要な処置をしてしまう危険性もあるのです。
当院では、痛覚変調性疼痛の可能性を常に念頭に置きながら、慎重に診査・診断を行っています。
